スポンサーサイト

この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
スポンサードリンク * - * * - * -

プロメテウスの火



 あの三月十一日の想像を絶する大震災から半年が過ぎようとしています。
 被災した方々は肉親を初めあらゆる大切なものを喪失した悲しみに苦しみ、当初は寒さに、後には夏の暑さに耐え、見えない放射能の恐怖におののきながら苦しい生活を強いられています。
 ギリシャ神話に「プロメテウスの火」という話があります「かつて人間は無知と傲慢の闇の中にいた〈無知というのは罪を知らないこと〉。全能の神ゼウスは、人類に「火」を与えることに反対をしていた。なぜなら人類が神(地球)に闘いを挑む時があると考えたからだ。しかし、プロメテウスは太陽から火を盗んで人間に与えた。その結果、ゼウスの怒りをかい、コーカサスの山に鎖で繋がれ、永遠に、はげ鷹に腹を引き裂かれ肝臓をついばまれ続けるという刑に処された。不死身のゆえに死ぬこともできず永遠に苦しむのです」。
 これほどにまで残酷な刑はありません。人類に火を与えたことは、そんなに苦しむべき罪なのでしょうか。では人類は火を与えられて幸福になったのでしょうか。人間は洞窟から夜道を松明で照らし外へ出た。赤々と燃える火で鉄を溶かし剣や槍を作る。そして兜をかぶりお互いを殺し合う戦争を始めてしまうのです。
 私達は、苦悩や苦痛に対して、それを「我慢」することが美徳のように言います。しかしそれは耐え得る範囲の相対的な苦でしかないからです。しかし、必死に圧倒的な現実と闘っておられる東北の被災者の方々の中からは「我慢」という言葉は聞かれません。
 「我慢」とは元来仏教の言葉で、サンスクリット語「mana(マーナ)」の漢訳であり、「おごりたかぶること・自分を偉いと思い他人をばかにする」ということなのです(現在、自分自身を抑制し、また耐えるという意味あいで「我慢する」などと使われるが、もともと「我意を張る」などという強情な心意を介した転用なのです)。
 「我慢」の「慢」という語は、高慢・過慢(自分の方が上だと思う)、慢過慢(相手が上であっても同等だと思う)、我慢(自分の考えは変わらないという思いあがり)増上慢(悟った、極意を得たという思い上がり)、卑下慢(劣等感に落ち込む)、邪慢(自分には徳があると思いこむ)の七つに分類されます。
 「我慢」は、自分に執着することから起こる慢心を意味し「自惚れ」という自分を高く見て他人を軽視する心を言います。『仏性を見んと思はば、先ずすべからく「我慢」を除くべし』―龍樹菩薩―
 プロメテウスが「神の火」を、高慢な人類に与えたことによってゼウスの怒りに触れたとありますが、やはり「原発」や「原爆」の火や「放射能」は、「命」を「いのち」たらしめている永遠の「いのち」の真実=「南無阿弥陀仏」とは永遠に相容れない、人類が絶対に触れてはいけない神々の領域の火なのです。
通りすがりのオッショハン * - * 22:35 * comments(0) * -

「献杯」って 誰に 何を献ずるの?



 最近、法事の後の法要膳の時に『それでは「献杯(けんぱい)」の音頭を○○さんにお願いします』『献杯!』と御膳が始まることがあります。と言っても年に一つあるかないかで、それも都会での会社勤めなどの経験のある人の間に見られます。近年、核家族化や若者の都市部への流出により、今までの「しきたり」の伝承が難しくなっているようです。特に東京を中心とする首都圏では、都会的で功利的な表面的スマートさが重視され、仏教や神道・キリスト教や欧米の生活習慣、儀礼・作法が意味などお構いなく混在しています。
 今まで私達は、それぞれの土着の地域で共に暮らし、支え合いながら「いのち」を繋いできました。その中で生活習慣を教わるのは、親や親戚や地域の年寄りなどでした。
 そこでは目上の人から叱られまい恥をかきたくないと一生懸命学びました。そしてそれぞれの「しきたり」が一つ一つ大切な深い意味を持ち、それが形式となり深い思い出と共に受け継がれてきました。
 人が亡くなることを「息を引き取る」と言いますが、それは亡くなった方の最後の「息」、つまり「願い」を「いのち」を残された私達が「引き取って」「引き受けて」繋いでいくということなのです。
 今、都会でのくらしの伝承者は、作法とか礼儀などの専門家と言われる研究家。結婚や葬式などは「冠婚葬祭コーディネーター」といわれるセレモニー関係の会社の社員であるようです。
 色々調べて見ると「献杯」は仏教の作法ではなく、昭和四〇年代に気の利いた(?)葬儀社か仏事のことを知らないマナーや作法の先生が発案したのだそうです。
 「献杯」を広辞苑では「敬意を表して杯を人にさすこと」とあります。従って法事の時の「献杯」とは、亡き人に捧げる、献上するという意味にでもなるのでしょうか。では何を献上しようというのでしょうか。
 私達は、食べ物をいただく時は『いただきます』と言います。
 童話作家の、宇野正一さんは幼少期にお爺さんから「食べ物様には仏様が御座る、拝んで食べなされ」とよく言われたそうです。
 正一さんは学校の先生に「ご飯の中に本当に仏さまがいるのですか」と尋ねたところ、なんと「ご飯の中には、タンパク質、含水炭素、脂肪と水分、その他のものは入っていません」と若い先生は答えたそうです。
 私達が食する物は、肉であれ魚であれ、野菜、果物すべて命です。
 それらの命を頂いて自分の命がある、私の身体は全てそれらの命で成り立っているのです。
 命あるものを頂いているという慚愧と、「大いなる力」に生かされているという「いのち」への絶対の感謝の気持ちは、私の「いのち」への問い返しなのです。
 すなわち「南無阿弥陀仏」とは、「いただきます」のことであり、「ごめんなさい」「ありがとう」のことなのでしょう。
通りすがりのオッショハン * - * 09:58 * comments(0) * -

冥界の神



 今、日本の社会を深く覆い尽くしているのは未曾有の大震災。人間に襲いかかった想像を絶する巨大津波。そしてそれに伴う原子力発電所で進行する人類の存在自体をも脅かす危険な事故です。
 政府や専門家とされる人達は、口を揃えて全くの「想定外」「想定外」と繰り返すのですが、人間が自然の力を想定することの傲慢さ愚かさに、ただただ言葉のみが虚しく響きます。
 何千億円もかけて世界一と自慢する防波堤が、かえって多くの人の避難を遅らせました。原子力発電は「神」の領域であるべき宇宙の構成素子である原子核を人の手で操作し、あえて産業の少なさに苦心する地域で、その土地の人達にとりわけ危険な現場仕事に就かせ、私達は暖衣飽食の経済最優先の合理主義社会を謳歌してきたのです。一方で原子力は大量殺戮兵器として人間の欲望の手先となって、人間に牙を向けるのです。
 ちなみに原子力発電や爆弾で使われるプルトニウムとは、ギリシャ神話で「冥界(死者の世界)を司る神」であるプルート王に由来するそうです。まさにこの神は物質と精神、人の「命」と「いのち」を深く侵食するのです。
 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。ー親鸞聖人ー」〈私は様々な欲望・煩悩をことごとく具えている凡夫であり、この世界は、まるで軒先に火のついた家のように危険に満ち、形ある全てのものは、留まることなく常に変移して消滅する諸行無常の世界です。こうした無常の世界を煩悩を燃やしながら生きる凡夫の営みは、あらゆることが、みなことごとく空しい虚構であり、偽りごとであって、誠のことは何一つありません。その中にあって、ただ念仏だけが、煩悩を超え、永遠に変わることのない真実なのです〉。
 まさに今、親鸞聖人の教えの流れを汲み念仏を生活の拠り所とする私達は、この被災者の方々のいのちの悲しみに心を添え、深く思いを馳せなければなりません。
 「されば念仏は、誠なき世に誠を求める心に始まり、誠なき世に誠に生きんとすることに帰する」と。
通りすがりのオッショハン * - * 21:41 * comments(0) * -

分かっちゃいるけど・・・

    あけましておめでとうございます

  一年の計は元旦にあり 
  新年を迎え、今年こそは今年こそはと、毎年何かしら心に期して誓いを新たにするのですが、まさしく三日坊主。  まさに植木等の『スーダラ節』の「分かっちゃいるけど やめられない」なのです。

 植木等は、三重県内の寺の子として生まれ、住職でありながら差別問題などの社会運動に取り組む父から、平等な社会への願いから「等」と名づけられ、少年時代は思想犯として投獄された父に代わって門徒参りをしていたそうです。

 やがて「クレージーキャッツ」の一員として「スーダラ節」を歌うこととなった時、「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と悩み父親に相談すると、 「人が生きている限り、この分かっちゃいるけどやめられないという生活はなくならない。これは親鸞聖人の教えに通じている。そういうものを真理というんだ。上出来だ。がんばってこい」 と言われ、彼は歌うことを決意したそうです。

 酒の飲みすぎは良くないと判ってはいても… タバコの箱には体に悪いと書いてあるのに… お金・財産、地位や名誉に埋没し人間を失うのは決して良くはないと分かっていても……    「私達が欲しがるもの、それはお釈迦様が棄てたもの」と。

 「どうしても棄てられない止められない、私には出来ない」と悩み苦しまれたのが人間・親鸞聖人、私達の宗祖です。

  「もしも愚者にして愚かなりと知らば、即ち賢者なり。愚者にして賢者と思えるものこそ愚者というべし ―法句経― 」とあります。
 スーダラ節の「分かっちゃいるけどやめられない」は、私は愚か者の悪人であった。本当に「煩悩具足の凡夫」 でしかなかったという深い宗教的な自覚の言葉ではないでしょうか。

 「浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実の我が身にて 清浄の心もさらになし」   「悪性さらにやめがたく 心は蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる」   ―親鸞聖人『悲歎述懐和讃』―

 たくさんお寺参りをして仏教の話しを何百回も聞いたからといって決してこの心が直るわけではないのでしょう。 いよいよ我が身の事実が明らかになるのです。
  「分かっちゃいるけど やめられない」のが私なのだと。 
通りすがりのオッショハン * - * 15:30 * comments(2) * -

ダーナ दान

愚か者、自分を自分で担いで歩こうというのか。
乞食よ、自分のうちの門口に立って物乞いをするのか。

タゴール

 お布施を梵語(古代インド語)では「ダーナ(檀那・旦那)」といい、慈悲の心をもって他人に財物などを施すことを言います。
 「お布施」という言葉からは宗教的に金銭などを寄付することを連想しますが、これは「財施」と言います。
 布施(ダーナ)にはもっと広い意味があり仏の教えを説くことを「法施」と言います。また人々の不安や恐怖を取り除く「無畏施」と呼ばれる布施。その他に笑顔を人に見せることが、それを見る人に幸福を届けことになるという「和顔施(わがんせ)」など、誰かに何かを与えることはすべて布施になります。
 知識のある人が何かを教えてあげたり、時間のある人がその時間を使って誰かの役に立つことも布施です。
 人は他人に何かを与えることによって社会の中で役に立つ存在となり、その生き方が有意義なものとなり、自分の行動も正されるのです。
 家の主人のことを檀那(旦那)さんと言いますが、この檀那さんとは「布施をする人」、檀家とはその家という意味なのです。
 この布施=ダーナには、施す者も、受け取る者も、施す物品も三者ともに清浄で、なんの執われもないものでなければなりません。もちろんそれは「自分の物」であることは当然です。
 臓器移植の臓器を提供する人を「ドナー」と言いますが、これはお布施のダーナという言葉がヨーロッパで転化したものです。
 今年七月から本人の臓器提供の意思が無くても家族の承諾があれば臓器提供が可能となり、また十五歳未満の子供からの臓器提供も可能となりました。
 この二ヶ月の間、立て続けに九人の意思表示のない人から、家族の承諾のみで臓器摘出、移植が行われました。
 何か寄ってたかって「いのち」ある人間ではなく、機械の部品に群がるような、生命が「いのち」自身を、「菩薩」を否定しているかのように感ずるのは思い過ごしでしょうか。
 病気と貧困から人間を救済し、豊かな社会を目指してきたはずの科学的合理主義は、それ自身が人間社会を害するようになっています。
 移植された臓器は、必ずレシピエント(移植を受けた患者)の体と拒絶反応を起こし、免疫抑制剤を一生投与しなくてはなりません。
 自然の摂理に逆らって自然と対決する人間の科学として造り出した臓器移植は仏教とは方向性を逆にしているのです。
 施し合い、支え合うダーナ=布施行の、ひと繋がりである人間社会に縦横無尽に裂け目が入れられ「生きるに値する命」と「生きるに値しない命」に二分する優勝劣敗の「優生思想」なのです。
  一つの人間のいのちが死に向かっている。その横で脳死を期待して「まだ…」と、自分自身におののきながらも人が死ぬのを待っている。
  「いらぬ身と 人にあたへて悦ばば 菩薩の行を 軽んぜむなり ―芳立― 」
通りすがりのオッショハン * - * 22:34 * comments(0) * -

お盆

もし事物の現象形態と本質とが直接に一致するならば、 一切の科学は不要であろう
ーマルクスー

 お墓の草が目立つようになった頃、そろそろ「お盆」が巡ってまいります。
 お墓は除草剤を使わず、草刈り機で地上部分だけを刈ることにしています。  除草剤は全ての〈いのち〉を根絶やしにしてしまうような気がして、お墓という処には使いたくありません。

 人間は雑草を厄介者にしますが、私達の暮らしはこの雑草をはじめ地球上に生きる様々な命によって支えられ、それらの命も多くの命に支えられ、命と命の繋がりで世界は構成されており、そこには無駄な物、無意味な物は一切ありません。

 〈カオス〉混沌から宇宙が創生され少なくとも百億年といわれます。地球が誕生して四十六億年。やがて灼熱のマグマの中から海が出現。三十八億年前にその海の中で一個の細胞の始祖生命が誕生しました。

 単細胞のバクテリアはやがてゾウリ虫やクラゲのような生き物に、やがて魚に、手がはえ足がはえ両生類のイモリに、カメからネズミに、そして四百万年前に猿から人間と成ったのです。

 一方、私達の命も、母親の胎内に宿った小さな小さなアメーバーのような一個の細胞から、細胞分裂を繰り返しやがて魚のような形に、そして手や足がはえ、そしてシッポがとれて、猿のようにしわくちゃに生まれてきます。人間の胎児には一時手に水かきが付いているそうです。
 つまり私達一人ひとりの十月(とつき)十日(とうか)には、生命三十八億年のダイナミックな〈いのち〉の膨大な重みが凝縮されており、オギャーと生まれた赤ちゃんは単なるゼロ歳の赤ちゃんではなく、三十八億年という途方もない時間と空間を内包している六十兆個の細胞から成る命なのです。

 私達一人ひとりの命には三十八億年の歴史の重みがあり、人としての歳々に蓄積された意識の重みがあり、その人をとりまく多くの人々とあらゆる生命に共有される〈いのち〉の質と量があるのです。

「お盆」。産んでくれた父母がいるから今の私が在る。その親の両親そして祖父母、曽祖父母、遙か三十八億年の生命の繋がりの真っ只中に私が存在していると知った時、先祖のお墓に南無阿弥陀仏と「帰命(きみよう)」せずにはおれません。

 親鸞聖人は、阿弥陀仏のこころとはたらきを「大心海(だいしんかい)」と表現されました。計り知れない智慧と惜しみなく包み込む包容性。「大心海」それはいのちを育む海であり、いのちを繋ぐ海ということです。

私達は無辺の「生死海(しようじかい)」を泳ぎ切らなければならない。
通りすがりのオッショハン * - * 22:30 * comments(4) * -

サ ヨ ナ ラ

自分らしく生きることの“ムズカシサ”は
本気で生きている君にしか わからない
それを知っている君は
“すばらしいキミ”なんだと思うよ
― ナカムラ ミツル―

   使い捨てカメラ、カイロ、オムツ、食器。使い捨てのように棄てられる自転車やテレビなどの電化製品。 ペットの犬までもがまるで使い捨てである。 大きくなって可愛く無くなった。 病気にもなるし世話が面倒になった。 私の言う事を聞かない。 新しいのが欲しくなったなどと軽々に保健所の殺処分センターへ持ち込む。  まさに使い捨ての命である。
  元来、生き物の命は不可侵・不可逆的な人間の分限では扱えない大いなる神や仏の領域であった。 しかし命でありながら人間の都合の良い単なる商品、物として品質改良や造作がされる現実が在る。 (ペットの殺処分の是非を論ずることももちろん必要だが、この“命”の作り変え、いわば人間の命あるものへの冒涜とも言うべき行い。 それを支えているのが他ならぬ“私”であることも 心深く 思いを致さねばならないのだろう)
  そして挙げ句の果ては、人と人との出会いと離(わか)れさえ使い捨てにしてしまう時代を私達は生きている。
  「仰げば尊し わが師の恩 教の庭にも 早幾年(いくとせ) 思えば いと疾(と)し この年月  今こそ別れめ  いざ さらば」  今では古歌となった感もある卒業式の別れの歌。  暗く寒く長かった冬の風雪に耐え、待ち遠しい 「いのち」 の芽吹きの季節である。  まさしく 今、いのち があなたを生きているのである。
  日本では、人との別れにあたり 「さらば」とか 「さようなら」 と言うのであるが、 英語では Good-bye ( God be with yee  神が汝とともにあらんことを!) とか、 See you again  (また会いましょう) と言う。  対して日本語に於いては 「さ (然)らば)」 「さよう(左様)なら」 そして 「それがそのようにあらねばならないなら」という言葉から成り立って来たことである。
  「翼よ、あれがパリの灯だ」で有名な米国の飛行家・紀行家のリンドバークは、日本の「サヨナラ」ほど美しい別れの言葉を知らないと言ったそうだ。
  仏教では、人間の根本苦悩である八つの苦を 「四苦八苦」と言うが、この「生」 「老」 「病」 「死」という四つの根元苦に次いで 五番目の苦が「愛別離苦」という離(わか)れの苦である。
  私達人間の力ではどうすることも出来ない 「死」 という不可避な「実相」 「定め」 「理(ことわり)」 「必然」に対し目を背けるのではなく、自ら確認し、全てを在るがままに受容し引き受けた上で 「今こそ別れめ いざ さらば」  「左様で有るならば」 「それがそのように在らねばならないのなら」 ということなのであろう。
  今を 二度と出会えぬ出会いとして、この瞬間の出会いを「南無阿弥陀仏」という。
通りすがりのオッショハン * - * 13:25 * comments(0) * -

♪それでいいのだ、それでいいのだ♪

                                   『そのまま』 画:佐藤勝彦


十方の無量菩薩衆(ボサッシュ) 徳本(トクホン)うえんためにとて
恭敬(クキョウ)をいたし歌嘆(カタン)す 
みなひと婆伽婆(バカバ)を帰命(キミョウ)せよ

                                   ―親鸞聖人『浄土和讃』―

 十方から弥陀の浄土へこられる数限りない菩薩は、功徳を修得するために、さらに阿弥陀如来の仏徳を敬い讃えられている。このように十方の菩薩達に讃えられる阿弥陀如来であるから、私達もこの尊い如来に信順せずにおれないのです。
 この和讃にある「婆伽婆(バカバ)」とは、釈迦を意味し「婆伽梵」(バキャボン)とも書きます。サンスクリットのBhagavad(ヴァガバッド)を漢字に音写したもので「覚(悟)れる者」Buddha(ブッダ)と同義語です。
 赤塚不二夫のギャグ漫画『天才バカボン』とは、この「婆伽梵」からきているそうです。
 「レレレのおじさん」も、釈迦の弟子で「掃除」を通して悟りを開いた「周利槃特」(シュリハンドク)に由来しているようです。
 バカボンは天才、奇想天外・奇天烈であり、一種の人知を超越したもの、まさに「婆伽梵」なのです。
 漫画の中でもバカボンのパパは、生まれたばかりだというのに直ぐに歩き、お釈迦様の言葉である『天上天下唯我独尊』(人間には上も下もない、一人ひとりが真に尊く、絶対に平等な唯一無二の存在なのです)と叫んだのだと。
 そしてお釈迦様と同じく「七歩」歩いた。それは誰もが「六道輪廻」の迷いを超え「そのままで仏に成れる存在である」という意味なのです。
 バカボンのパパの口癖「これでいいのだ、これでいいのだ」とは、「世の中の全てを肯定するのです。成ってしまったこと全てが正しいのです」―『自然法爾』― 自力を捨て 阿弥陀如来の絶対他力にまかせきるということです。
 バカボンがこんなにも奥の深い哲学的な漫画だったとは驚くばかりです。
 『そ・の・ま・ま』― 私のなせるわざを そのまま受けとめたらいいのだ そのままで仏の御扱(オアツカイ)だ そのままでいいのだ そのままで美しいのだ ―佐藤勝彦―
通りすがりのオッショハン * - * 23:41 * comments(0) * -

「人の死」によって初めて成り立つ医療=「臓器移植」

 海外での心臓移植を行った青山茂利さんは「移植を待ち続ける状態は残酷で、百%死ぬといわれた方が楽だと思った。知り合った二人の移植患者の待機順位が上と分かり、『二人がいなくなれば』という思いが、頭から離れなくなった。渡航移植で四年半のやせ我慢の日々に終止符を打ったが、今も“悪魔のささやき”が、私のみぞおちのあたりに重しとなっている」と、国会の委員会で語られました。
 「臓器移植法」改正案が、衆院で採決され、脳死を「人の死」とすることを前提に、十五歳未満の子供からの臓器提供を可能とする法案が可決され審議の場は参院に送られました。
 しかし、臓器移植をすることを目的に、脳死を「人の死」と法律で定めるという強引さの中に、「人間の都合」でいのちを選別し、人間の生き死にまでも法律で決めることに関して何か危ういものが感じられます。はたして私達人間にそんな資格が、分限があるのかと疑問をいだかざるを得ないのです。
 八歳の男の子が一歳の時に高熱と痙攣に襲われ、「脳死」と診断されました。しかし三年半前に退院し、その後も様々な「命」の危機を乗り越えて身長は発症時から三十センチ以上も伸び、乳歯六本が永久歯になったということです。鼻の粘膜に吸引用の管が当たると痛そうに首と肩を動かすという。母親は「どんなにつらくても治療に全身で反応して戦っている。生きているのは息子の意志」と話されます。
 移植法では、この子を「死んでいる人」と定義し、場合によっては、まだ心臓が脈打っていて身体の温もりがある子に、移植のメスを入れることもあるのです。
 私達は「人間であるが故に宿命のように背負わされている課題」自分は何処から来て何処に行くのか? 人間が生きるとは何か? そして死ぬとは何か? の答えを不断に希求しています。「いのち」のはたらき、それは人間の思慮をはるかに超えたものであり、それを人間の都合によって「生」「死」を決定してはならないのです。
 「臓器移植」は、「人の死」によってはじめて成り立つ医療であることが「業」として宿しているが故に、つい生きた臓器を「部品」と見たり、脳死した人を「臓器の供給源」とみなす心理 “悪魔のささやき”があり、それは社会(経済)に「役に立つか利益をもたらすか、否か」というところで「いのち」を量り、選別してしまう落とし穴があります。
 「生死」は人間の絶対に避けられない事実です。「死」を遠ざけ、「生」のみを延長することによって「死」を克服することはできません。「生」も「死」も全て丸ごと受け入れる覚悟が出来た時、かけがえのない「今」 この時の「いのち」に出会うことが出来るのでしょう。
 「今、いのちがあなたを生きている」と。
通りすがりのオッショハン * - * 20:42 * comments(2) * -

旅立ち ・ おくりびと



「それ八万の法蔵を知るというとも後世を知らざる人を愚者とす
たとい一文不知の尼入道なりというとも後世を知るを知者とす」といえり
                          ― 蓮如上人『御文』―  



 映画『おくりびと』がアカデミー賞に輝き世界的に関心を集めています。
 この映画の製作は、主演の本木雅弘がインドのベナレスに旅したことが一つのきっかけとなりました。
 ベナレスはガンジス河の中流に開けた都市で「死の町」といわれます。全土から毎年百万人を超える巡礼者であふれ、人々はこの地で臨終を待ち、やがて荼毘に付され、遺灰をガンジスに流します。三島由紀夫は「人間の肉の実相がその排泄物、その悪臭、その病菌、その屍毒も共々に、天日のもとにさらされ、波の現実から蒸発した湯気のように、空中を漂っていた。ベナレス。それは華麗なほど醜い一枚の絨毯だった。千五百の寺院、ひねもす読経の声も高くひたすらに死を待っている寡婦たちの家、住む人、訪ふ人、死んでゆく人、死んだ人たち,瘡(かさ)だらけの子供たち……‥」(『暁の寺』より)と書き表しています。同時に、富山の青木新門さんの、 (当寺にも二回講演に来られ、親交のある方です) 『納棺夫日記』という本に出会ったことが本木雅弘に強い衝撃を与えたようです。
 ベナレスで見た、「生と死が隣り合う」現実世界。「老と病」「美醜・貴賤・貧富」が混濁するカオスの現世(うつしよ)。本では、死体に群がる「蛆(うじ)を掃き集めているうちに一匹一匹の蛆が鮮明に見えてきた。そして、蛆たちが捕まるまいと必死に逃げているのに気づいた」「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」という心の表現に強く心引かれ、ぜひともこの本を映画にしたいと思ったそうです。しかし青木さんは、封切り直前に映画の原作者とされることを拒みました。それはこの映画には「私が一番描いてほしかった『おくりびと』が、“死者をどこに送るのか”が描かれていなかったからです」 と述べておられます 。三島由起夫は、ベナレスでは「無情とみえるものはみな喜悦だった。輪廻転生は信じられているだけではなく、田の水が稲をはぐくみ、果樹が実を結ぶのと等しい、つねに目前に繰り返される自然の事象にすぎなかった」と。
 『おくりびと』の英語でのタイトルは The Departures「出発」という意味。それは私達一人一人が輪廻転生の〈おくりびと〉の主役ということでは… …
通りすがりのオッショハン * - * 12:47 * comments(2) * -
このページの先頭へ